高石ともやメモリアルコンサートで吹かせていただきました(5/17)。一昨年に続き、声をかけていただいてありがたく参加させていただきました。

 空知の仲間と6人で、ナターシャも歌っていた『風』と高石ともや作曲の『街』。そして、乞われて『コンドルは飛んで行く』をソロで吹きました。

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その後、客席で、ずうっと参加者の皆さんのともやさん関連の歌やギターを聴かせていただきました。

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良い時代の青春の歌、反戦歌。懐かしい曲、はじめて聴く曲も。トライアスロン経験者の方も何人か歌とスピーチされていました。

私は青春時代、こちら方面の音楽だけにいたのではなく、ブラバンを通じてクラシックにもいたので、もし、こちらだけにいたら、もっとブルーグラス的な音楽に詳しくなったり、歌ったりしてたのかなあ。なんて思いながら、会場を後にしました。

高石ともやさんの記念コーナーが、会場の豆電球さんに作られるそうです。


その後、となり街の江部乙へ車で。コンサートでのワイルドランやトライアスロン関連の話にも触発されたこともあり、たきかわ道の駅に車を置いて、丸加高原、江部乙周辺、真っ盛りの菜の花の道を1時間半ほどゆっくり走りました。

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走り終わって、一昨年の秋から闘病中の、20数年来オカ友のKちゃんに、高石ともやメモリアルの写真と菜の花の写真をLINEしました。

江部乙はKちゃんの10年くらい前まで住まわれていたご実家のある土地。

その家の前に続く道から暑寒別岳が見え、それもLINEで送りました。

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すぐ既読にならなかったので、もしや体調が悪いのかな、と思いましたが、翌日、丁寧な返信がきました。

また、お茶しましょう!

でしめられたLINEから10日も経たず、KちゃんのアカウントでLINEに、Kちゃんの訃報が届きました。

呆然としてしまいました。

翌日のお別れ会に参列してきました。

喪主を務められた妹さんやご親戚の方と、本当に親しい友人が集う、とても温かい会でした。ひつぎの中のKちゃんに花を添えました。

思えば、二十数年前、ベラの会でKちゃんに出会って以来、Kちゃんの人脈の広さで、いろいろな方と知り合うことができました。

一昨年からの高石ともやさん忍ぶ会にも、Kちゃんと知り合わなければ呼ばれなかったと思います。もしかすると、工房も開いていなかったのでは、と。

本当にお世話になりました。

ありがとうございました。

秋に病気がわかった2024年の2月に、丸加高原をスノーシューで歩きました。これが元気なKちゃんを見た最後になってしまいました。Kちゃん、安らかに…

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